朝、子供らがちっとも幼稚園へ行かないので、どうしたことかと思っていたら、今日は都民の日で休みだという。都民の日? 東京都だけ休みなのか。そんな休日があるなんて、知らなかった。平日に遊んでばかりいる間に、何が休みで何がそうでないのか、よくわからなくなってしまった。ひょっとして世間は、私の知らないところで休みまくっているのではないか。
もちろん私は仕事場に行った。そして一日うんうん唸って、結局エッセイは書けなかった。いったいこの5枚のために何日費やしてるんだろう。
昨夜考えて、よし、自分は酒が飲めないというテーマのエッセイにしようと決めたにもかかわらず、書いてみると、どうにも書けなかった。時間が指の間からこぼれ落ちていく無駄な日々。
打ちひしがれて仕事場を出ると、夕闇にキンモクセイが香っていた。
ふと、一句詠もうと思った。
秋の夜の......なんとかかんとか......金木犀。
金木犀......なんとかかんとか、なんとかよ......。
以後、何も浮かばず。
原稿が書けたら、ど〜んとプールだ! と思ってここ数日やってきたが、ちっとも書けないので、まず先にど〜んとプールで泳いだ。泳いでいるうちに何かアイデアが浮かぶのを期待したが、プールの底を見ても何も思わない。自分が何メートル泳いだのかも途中でわからなくなった。これは850のターンだったか、それとももう900過ぎたっけ?
仕事場へ移り、もし今日書かなければ、今週の土日は仕事だ。そう自分を急き立ててゴリゴリ書く。すると、ゴリゴリしたものが書けた。そこで、それをメールで送ったのだが、ゴリゴリしているので、回線をなかなか通らない。ゴリゴリゴリゴリ......。後は野となれ山となれ。
今日は福岡のラジオ番組に電話で生出演することになっていて、仕事場で待機するつもりだったが、いい天気だったので、家族で立川の昭和記念公園へ出かけた。
電話は携帯にかけてもらうことにして、出演15分前にひとり静かな場所へ移動。
ところが今日の昭和記念公園はコスモスが満開のため、大勢の人出でにぎわっていて、どこへ行っても人がいる。広場では、でかい音でコンサートしてたり、上空にはヘリが飛んでたりして、肝心なときにえらい場所に来てしまったと後悔した。静寂を求めて林の奥深くへ分け入り、ようやくここならと思える場所を見つけて電話を受ける。
ところが、しゃべってるうちに顔や手がかゆくなってきて、見れば自分は蚊柱のなかにいるではないか! げげ、と思ったけど出演中だから、声だけはしっかり平静を保ちながら、蚊柱から逃げる。機内誌でハワイのことも書かれてましたね、宮田さんも機内誌に書くときは真面目なんですね、みたいなことを言われたので、そうなんです、金玉って書いたらカットされてしまいました、と言いそうになったが、生放送であったと思い直し、瞬時の判断で金玉は思いとどまる。あぶないあぶない。そうして金玉はなんとかクリアしたものの、蚊柱は依然ついてきて、さらに逃げる。あんまり走って、ハァハァ言うのも考えものだから、全力では逃げられない。でも半端な逃げ方ではついてくるので、時々フェイントで急に曲がったりして、おのれ、蚊柱! 人の弱みにつけこむたぁ、ええ度胸しとるやんけ! ってはらわた煮えくり返りつつ、林の中をますます高速で移動。
ラジオを聴いてる人も、まさか私が林を疾走しながら出演しているとは、思いもよらなかっただろう。
いい天気だったので、先週使ったテントを隣の公園で干す。風通しを考え、組み立てて置いておいたら、いつの間にか近所の幼稚園児の秘密基地にされていた。
朝から仕事場へ。最近は外を歩くと、そこらじゅうでキンモクセイの匂いがして気持ちがいい。ところが、あ、キンモクセイ、と思ってあたりを見回しても、十回に九回はキンモクセイがない。
一度アップしていたつもりのサブカル・コラムが、微妙に心に引っかかっていたので、それをやっぱり手直し。さらにジョン・カーターさんに頼まれた別の原稿5枚の下書き。
夜のニュースで、宇都宮駅前のギョーザ像が、運搬中に落っことしたため半分に割れた、と大々的に報じていた。天変地異の前触れではないか。
ニュースによると、世界経済は同時株安で、恐慌寸前らしい。ギョーザ像は、きっとそのことを伝えたかったのだ。
飯嶋和一『出星前夜』(小学館)を読む。『始祖鳥記』で見せた圧倒的な取材力と緻密な考証は、この作品でも健在。しかし『始祖鳥記』と違って、『出星前夜』は内容が島原の乱だけに、ひたすら重い。後半は戦闘場面の丁寧な描写に筆が割かれ、お話的な要素は格段に減って、黙々と史実を描写している印象。島原の乱が、宗教戦争なのかそれとも重税に耐えかねた農民の一揆だったのかという話は、神田千里『島原の乱』(中公新書)などでも取り上げられているから、新解釈という感じでもない。作者はなぜ今回に限って島原の乱などという有名な史実をとりあげたのだろう。タイトル含め、最後はなんとか前向きに終わりたかったようだが、史実が重過ぎて、うまく飛翔しきれなかったように思えた。
気がつけば、早明浦ダムは、台風も来ないのに、貯水率25.6%にまで回復している。ドラマチックではないけれども、コツコツがんばっている。
娘、またしても幼稚園さぼる。もう5回目ぐらいか。
昨日書いてジョン・カーターさんに送った原稿が、即座に全ボツで戻ってきたので、あらたに書く。今度は通る。
ニック・ステファノスさんが来て、書評用の本を渡し、ゲラをもらう。
ニックさんは、早く小説を書け、年内にあと500枚は書けるだろうという。
年内に500枚? 無理。
それより、本の雑誌のWEBにある、このスットコランド日記のバナーをもっと目立たないようにしてくれるようお願いする。目立ちすぎでしょう、あれ。自分でもいったい何様だと思うがな。そういうとニックさんは、作家でそんなこと言う人は珍しいですよ、ふつうは、どうしてオレの名前がこんなに小さいんだ、とか言うもんです、と呆れていた。
そういうものかな。私は全然目立ちたくなんかない。自分の顔が売れてもべつにうれしくないし、テレビとか出たくないし、講演とかにも呼ばれたくない。本さえ売れてくれれば、あとの露出は地味なほうがいい。そう考えると、漫画家みたいなのが一番いい。ものすごく売れてるのに、顔は誰も知らないみたいな、そういう立ち位置が理想だ。にもかかわらず今の私は、とくに売れてなくて、バナーがでかいのである。とても恥ずかしい。
いいから、そんなことより早く小説書かないとだめですよ。
そうやって私を責めるニックさんは、なんだか楽しそうだ。
昨日ニックさんに発破をかけられて、少しやる気になり、黙々と小説。誰かに発破をかけられて、やる気になったときの有効期限は、だいたい3日から1週間ぐらいだから、その間にできるだけ進んでおきたいと思い、予定していたプールを断念する。
ニックさんは言うのだ。その小説を来年出して、さらに途中挫折している横断旅行記も書き上げて、それとこの日記を本にすれば、ほら、1年に3冊も出るじゃないですか。
おお、1年に3冊! それも文庫化とかそういうのなしの新刊3冊。まさに前人未到の大記録ではないか。前人というか、自分だけなんだけど、自分史上初の快挙だ。なんか想像しただけで胸躍るぞ。
ところで、昨日のロト6で、また1000円当たっていた。ふと、火山性微動という言葉が頭をよぎる。前兆というか前触れというか、今回は1000円だが、ほかにも人体には感じない微小な当たりが、実はいっぱい当たっていて、そのうちどーんと来週ぐらい来るんじゃないかって気がする。んんん、悔しい。今何億も手にすると、せっかくの仕事熱が冷めてしまいそうではないか。こういうタイミングのときに限って、本当に当たりそうで心配だ。3億2000万とか困るよ。
関西から孫の運動会見物のため、母来る。
テナーさんからメールがあり、Q社で四国遍路の経費について、さすがに全額とはいかないまでも、思っていた以上に負担してくれることになった。ありがたい。
ちょうど今、小説のほうが書きたい気分という問題はあるが、まあ、ガタガタ贅沢言ってないで両方とも気合入れて書いたらんかい、という声がきっと便所の換気扇とかから聴こえてくるだろうから、両方ともがんばります。
ネットニュースの小見出しでチラッと"メラミン星人"という文字が見えて、なんだろうとよく見たら、"メラミン混入"であった。ヒフォヒフォヒフォヒフォ、地球人よ、48時間以内に地球の支配権を引き渡せ、さもなくばすべての食品にメラミンを混入する。ヒフォヒフォヒフォヒフォ、もう一度言う、48時間以内に地球を引き渡さなければ、メラミンを混入する。「隊長!」「すべてのスーパーの乳製品にバリアを張れ、急ぐんだ!」「ラジャー!」
幼稚園の運動会。朝の6時に家を出て、場所取りに並ぶ。これまで場所取りなどしたことはなかったのだが、毎年子供がよく見えないので、今回はがんばってみた。現地に着くともう大勢並んでいて、50番目ぐらいだった。先頭は午前3時とかから並んでいるそうだ。おそるべし。結局開門ダッシュしても、2列目が精一杯であった。
ところで今回、ビデオカメラで子供らを撮影したのだが、このカメラ、以前から調子が悪く、時おり修理に出しつつだましだまし使っていた。案の定、今日も撮影中に何度もテープがからまり、急いで取り出して巻き取っては、続きを撮影みたいなことになり、おかげでブチブチ途切れまくった運動会の記録ができあがった。まったく、ふざけてはいけないのである。さらに帰宅後、そんな映像でもそれなりに楽しんで再生していたところ、またテープがからまったので、とりだして巻き取ろうとした瞬間、ブチッと音がして、テープ千切れたのだった。
げげえ! 早起きして並んでまでして撮影したビデオテープが! ふざけんなぁ!
くっそう、腹が立って腹が立って腹立つけれど、HDやDVDに録画する最新式のビデオカメラなど買う金はない。
そういえば、最近ポットもおかしくて、給湯ボタンを押しても、うんともすんとも言わないことがある。どうやら、三、四年に一度、彗星のようにめぐってくる、家電崩壊期が来たらしい。そう思うと、エアコン、洗濯機あたりの大物が、しばらく壊れていないのが怖い。
息子が、最近できるようになったさかあがりを見せたいというので、近所の公園へ行くと、例によって幼稚園仲間の家族が集結してきて、気がつくとそれらの子供たちと7人で、鬼ごっこをやっていた。最近の子供は鬼ごっこ経験がほとんどないせいか、もういいかい、もういいよ、とか言ったりして、全然わかっていない。しかも鬼につかまってみたいという衝動が抑えきれないらしく、鬼の私のまわりに集まってきたりするので、ちっとも鬼ごっこにならないのだった。
近所で昭和50年代に建てられた中古の家が売りに出されていて、それが5LDK+そこそこ広い庭と、倉庫とガレージ3台分もついて3500万円というので、そんな金はないが、どんな家か見に行った。そうしたら崖に建っていて、変な地形だし、庭といっても半分は下から鉄骨で支えて崖に張り出させたテラスだったり、ガレージが2階の高さにあったり、建物が古く、民宿みたいだし、もうすっちゃかめっちゃかな感じで大変気に入った。見晴らしもいい。それで欲しくなったけれども、金はないし、仕事の性格上も年齢的にもたいしたローンは組めないから、見ただけで帰る。ああ、金が欲しい、と思った。私は都心の高級マンションなんかより、こういう癖のある変テコな家に住みたい。そうしてお金をコツコツ貯めて、ますます一筋縄ではいかない不思議の家にリフォームするのだ。
チビチビと小説。
友人からハガキで、引っ越すなら四国の松山がいいと薦められる。
娘またしても幼稚園さぼり、運動会見物に上京していた母帰る。
私は黙々と小説。その合間に笹沢左保『木枯し紋次郎 五 夜泣石は霧に濡れた』(光文社文庫)を読む。かつてハマって何度も読んだ眠狂四郎を継ぐ者は、木枯し紋次郎しかいないと思ったが、眠狂四郎にはあった荒唐無稽さが足りないのが、少々不満。これだけ時代小説があるのだから、自分の好みにぴったりのチャンバラヒーローがどこかにいると思うのだが、なかなか見つからない。私の好みは、大前提として、主人公は組織人でなく、旅をしていてほしい。その意味で、多くのチャンバラ小説は藩との係わりが云々され、しかも江戸近辺が舞台だったりするので、読む気がしない。遡って戦国時代が舞台になると、今度は天下取りとか、忍者ものになったりして、また少し違う。主人公は、きちんと天下に背を向け、世を捨てていなければいけない。世を捨てたふりして、実は密命を帯びてたりするなど、もってのほかである。
そうやって条件をあれこれ考えているうちに気がついた。それって、つまり今の自分のことだ。
おととい、昨日と快調に小説を書き進んでいたが、今日になって気持ちが負けそうになった。だって雲ひとつない秋晴れなのだ。どうしようどうしようと葛藤しつつ、仕事場のまわりをぐるぐる散歩。このままどこかへ行ってしまおうか、それとも日の射さない仕事場にこもって、金になるかどうかもわからない小説をじめじめと書くのか。ここが思案のしどころだ。
結局、ぐっと心を鬼にして小説にかかる。
新宿にて、アンアンのインタビューを受ける。
アンアン? キムタクと福山には勝てないよ、なんて言うと、妻に鼻で笑われた。
「ジャンルちがうんじゃない。お薦め本を教えて欲しいって、ファックス来てるけど」
というわけで、『なみのひとなみのいとなみ』の著者インタビューと、笑える旅本というテーマで三冊お薦めしてきた。
インタビューの後、グッドデザイン賞を受賞したコレジャナイロボというものを見に、表参道のショップへ。表参道に来るのは久しぶりで、街もずいぶん様変わりしていて、ちょっとぶらつくにも、どこに立ち寄っていいのかわからなかった。というと、昔は詳しかったようだが、そんなことは全然なく、古来どこに立ち寄っていいのかわからないのが表参道である。どこかに何か面白いものがありそうなのだが、さっぱり不案内なので、見ようと思っていたものだけ見て、一直線にさっさと帰る。いつか金持ちになったら、また来たい。
ちなみにコレジャナイロボというのは──ええと、なんだっけ、説明が面倒くさいので、そのうちまた。
往復の電車の中で、奥村正二『平賀源内を歩く』(岩波書店)と、杉江由次『「本の雑誌」炎の営業日誌』(無明舎出版)を読む。「炎の営業日誌」は、著者初の作品ということで本人はちっとも自信なさそうだったが、面白い。作家の日記のようにゴチャゴチャ書きすぎない、さっぱりと歯切れのいい文体が、いい感じである。
今日は信州へ行く予定だった。日帰りで霧ケ峰や車山あたりを散歩しようと考えていたのである。
ところが、朝早起きしてガソリンまで入れたところで、息子が目が痛いと言い出し、見れば左目に目ばちこができているのであって、目ばちこぐらいガタガタ言うな、この雲ひとつない空を見よ、と思ったけれども、本人は痛い痛いと泣くので、急遽信州あらため眼科へ行くことになった。目の覚めるような秋晴れの週末に眼科に行けるなんて、うれしい限りだ。ただで帰るのはあまりに悔しいので、私もついでに診てもらうことにした。
実は私は、視力検査というのがどうにも好きである。学生時代までとても視力に自信があったので、そのときの影響かと思ったりもするけれど、その後20年以上たって、パソコン仕事でめっきり視力が落ちた今でも好きだ。あのCの字を見て、上とか左とか言いたい。いつの頃からか、スプーンで目を隠すのではなく、機械で判定するようになってからは、ますます誤魔化しが効かなくなって好きになった。それで今日も、右とか、上とか、わかりません、なんて言って、おおいに楽しんだ。
そのままいつまでもやっていたかったが、やがて強制的に診察室へ回され、どこが悪いんだと聞かれたので、右目が霞むんですとか、なんとなくそんな気がすることを言った。すると医者は虫眼鏡で私の目を覗き込んで、きっと左右の目の老化速度の違い(どっちかが遠視が強まっていて、もう一方は近視優勢)によるもので、心配には及ばないという話をして、私も納得した。本当は視力検査が目的だったからどうでもいいのだ。検査に熱中のあまり、結局視力がいくつだったのかも聞き忘れたが、それもまあいい。あの、下、右、わかりません、の充実した時間こそが、私の欲しいものだったからである。
いずれ超大金持ちになったら、あの検査機械を買いたい。そして友だちをわが家に呼んで、視力検査パーティーをやるのだ。絶対みんなも好きなはずだ。カースン・ネーピアさんもきっと喜ぶだろう。
それにしても残念なのはこの秋空だ。箱詰めしておいて、陰気になったときにその箱を被って深呼吸したいような素敵な空だった。
マンションの二軒隣のご夫婦が、子供の写真をアルバムに整理したい整理したいと思いながら、もう何年もたってしまい、溜まった膨大な写真を前に途方に暮れているというので、そういうものはもはや自力では如何ともしがたいだろう、ここは黒船による外圧が必要だとばかり、突如私はアルバム課長(仮称)に変身し、無理やりパソコンを開かせ、バシバシと尻を叩いて、膨大なデータのなかから写真を選ばせた。「ほらほら、手止まってるで!」。そうして選んだ写真1400枚を、今度はフォルダにまとめ、そのままインターネット経由でDPE屋に発注させることに。そうして次の会議までに、焼いた写真とアルバムを買い揃えておくよう指示を出し、がんばりたまえ、と肩を叩いて帰ってきた。
大変な親切をしたようでもあり、大きなお世話のようでもあり、自分でもどっちだったのか不明。アルバム課長というネーミングもそれでよかったのかどうか。思い出部長のほうが味わいがあったのではないか。
コレジャナイロボについてコラムを書く。
コレジャナイロボというのは
コレジャナイロボは、各自検索してほしい。
このところ、いい日和が続いて、我慢できない。我慢できないが、ぐっとこらえて仕事場へ通う。
自宅マンションから仕事場への長い一本道は、ファミレスやコンビニ、スーパー、100円ショップ、ガソリンスタンド、カーディーラー、レンタルビデオ、薬局、靴屋などなど日本中どこにでもありそうな郊外型店舗が並んでいるのだが、何年も通っていると、これが案外変化の激しい道であることがわかる。先日は、ガソリンスタンドとうどん屋がつぶれてそれぞれ更地になったし、カラオケボックスもいつの間にかなくなった。仕事場を借りてから今までの間に、どれだけ変化したか列挙してみると、
駐車場→コンビニ
ハンバーガーショップ→うどん屋
工場→カーディーラー
家電量販店→100円ショップ
ガソリンスタンド→更地
コンビニ→牛丼屋
うどん屋→更地
カラオケボックス→駐車場
靴店→雑貨屋→衣料品店→コンビニ
植木→更地
おもちゃ屋→ジーンズショップ
自動車修理→不動産屋
コンビニ→別系列のコンビニ
ジーンズショップ→ドラッグストア
回転寿司→ゴルフショップ
雑貨屋→ラーメン屋→別のラーメン屋
餃子屋→中華料理屋
このうち更地のひとつにまた動きがあって、先日、赤白の横断幕が張られていた。何ができるのか興味津々である。できればABCスットコランド店とか、超マニアックな古本屋とかできてほしいが、こんな田舎の交差点にそんな文化的なものは来ないだろう。ゆっくり本が読めるおしゃれなカフェとか、ATMなんかも希望だが、それもないだろうな。しかし、たまには経済の論理で考えるのでなく、地元の希望で何かつくってみたらどうなんだ。本屋に一票!
久々に妻の運転練習に付き合う。このところ妻はひとりで練習していて、車がズタズタになってきているが、もとよりボロい車だけに傷が全然目立たない。さすが18年モノ。
仕事場で四国遍路エッセイのタイトルを考える。タイトルぐらい、傍から見るとそんなに時間がかからないで決まりそうに見えるかしれんが、まる一日考えて何も出てこないなんてのはざらで、普通は最低でも一週間以上はかかる。そのうえ、よっしゃ!と納得するようなタイトルが出ることは珍しく、たいていの場合は妥協の産物である。今回も、もうかれこれ数日間、ひまを見つけては考えているが、人を食ったようなバカバカしいものにしたいという天邪鬼な心と、なるべく力みのない自然な感じにしたいという冷静な心とが、互いにせめぎあって着地点を見出せないでいる。
谷川健一『隠された物部王国「日本」』(情報センター出版局)を読む。
電話のモジュラージャックの前に巨大な棚を置いているわが家では、光ファイバーにしませんかという営業電話が時々かかってくるのを、今さら棚を動かすなど面倒くさくて有り得ないので断り続けてきたのだが、先日かけてきたセールスマンが、棚は動かさなくてもいいという。なんだよそれを早く言ってくれよ、と思いつつ、そういうことならばと契約した。その後NTTの別の人から電話があって、棚は動かしておいてください、とそれが常識でしょとでも言いたげなニュアンスなので、じゃあ話が違うのでキャンセルします、とゴネると、しばらく誰かと相談して、やっぱり棚はそのままでいいと言い出し、本日無事、棚を動かすことなく光が開通した。
このことから私は、客がゴネれば光も電話線を通ることを知った。自然万物の法則も、客のゴネの前には無力らしい。この事実を敷衍するならば、科学では解明できない世の超自然現象の何パーセントかは、客のゴネによって引き起こされているという仮設が成り立つ。
兵庫県の加西市に十字架を背負ったお地蔵さんがあるというので、見に行った。背面十字架地蔵と呼ばれるそれは、隠れキリシタンの手になるものとされている。背中一面に十字架が描かれていて、それはそれで面白かったのだが、さらに加西市には、ガニ股のお地蔵さんとか、ノートとペンを持っている神さまとか、ジャミラみたいな形の石仏とか、いろいろ変な石仏があるのを知って、興奮した。そういうユニークな石仏を見ながら日本を回るのも面白いのではないか。私は、以前インドの路傍にある石の神様を探して歩いたことがあるが、どうも石というものに惹かれる性質があるらしい。海岸で石を拾いながら、無意味に放浪したいと思うことがよくある。山頭火みたいになって、石の旅をしようか。
なぜか皇太子の夢を見た。皇太子は、機動隊に向かって火炎瓶を投げておられた。
東京へ戻る新幹線で、平田篤胤『仙境異聞・勝五郎再生記聞』(岩波文庫)を読む。あまりの面白さに、座席からずり落ちそうになる。大発見。
息子が今度は「さらば、電王」が観たいというので、ふたりで映画館へ。先日はたしかウルトラ兄弟の映画を観たのだった。ウルトラシリーズより、仮面ライダーシリーズのほうが面白い。子供の頃は「ウルトラセブン」が大好きだったけれども、今はもう巨大ヒーローの時代ではなくなった。巨大ヒーローは軍隊と同じで、侵略者と戦うものであり、戦争状態でこそ活躍できる。だが、テロリストや温暖化相手では戦えない。その意味で、9.11以降、ウルトラマンのリアリティは大幅に減退した。テロや温暖化と戦うということは、自らの内なる敵と戦うことであって、内省的に個別に戦うヒーローのほうが、時代の気分にマッチするのである。
しかしまあ、そんな小難しいことはよくて、仮面ライダー電王である。去年のテレビ放映中は、息子以上に私がハマっていた。史上最弱のライダーという設定が面白かったし、ドリフのようなわかりやすいギャグも好きだった。女好きでウソつきのウラタロスというキャラがいて、それが気に入っている。いい加減で食えない野郎なくせに、いざとなると、文句言いつつもちゃんと働くというキャラに、私はぐっとくるみたいだ。
ぼんくら、ダメ男(普段)→強く頼もしい(いざというとき)
は、わかっていてもまんまと泣かされる構図だ。「必殺仕事人」の中村主水のような。
そんなわけで「さらば、電王」、十二分に堪能。
J社マドンナさん、カメラマンの岸本さんと、立川の中華料理屋でハワイの打ち上げ。
マドンナさんに香港土産の靴下を二足もらう。靴下なんか全然いらんが、どうしても宮田さんに買って帰らねばと思ったというその靴下には、魅惑的な日本語表記が。
曰く「洗濯機のこ使用は出るたはけて中性洗剤で手洗いが最適こす」。
出た!「最適こす」。
一部では世界的に有名な日本語会話辞典「説日語」を思い起こさせる。他にも「繊維上の菌の繁殖をゐちえゐで、防臭効果ガゐリります」「洗濯んしニも効果はほほと変リません」など、いつの時代かわからん表記まで登場。さらにもう一足のほうには「松木さゆりさん」というタイトルがついていた。靴下に、松木さゆりさんて、なんじゃそれ。
こんないらんもんをもらえて大変うれしい限りだが、松木さゆりさんがなんだか気になる。ひょっとしてオーダーメイドの靴下ではないのか。他人のオーダーしたものを横取りしてきたんじゃあるまいか。今どこかで、松木さんが困っていないだろうか?
まあ、そのわりには、フリーサイズと書いてあるが。
昨夜、正体不明の足の熱感に襲われ、というか毎晩襲われているのだが、とくに昨夜はそれが極まって朝まで眠れず、私のなかで何かがブチッと切れた。
ああ、もう嫌だ、と思って、明け始めた空を見れば、快晴である。すべてを放擲し、電車に乗って出かけることにした。どこへ行くという当てもなかったが、そういえば日野市で平田篤胤関連の展示会があったのを思い出し、行ってみる。
日野市郷土資料館特別展「ほどくぼ小僧・勝五郎生まれ変わり物語」。
先日読んで椅子からずり落ちるほど愉快だった平田篤胤「仙境異聞・勝五郎再生記聞」の勝五郎である。中野村(現東京都八王子市)に生まれた勝五郎は、八歳のとき、自分は程久保村(現東京都日野市)において六歳で亡くなった藤蔵の生まれ変わりだと言い出し、本人の話すことを確かめると、たしかに程久保村に該当する人物があり、両親のことや近所の風景なども言い当てたという。その話に篤胤がいたく惹かれ、勝五郎にインタビューして記録を残したのが「勝五郎再生記聞」だ。今回の企画展によれば、この中野村と程久保村、直線距離にして5キロしか離れていないらしい。かなり眉唾くさいぞ。だが、篤胤は大真面目でインタビューして、最後は納得している。納得するかあ。「仙境異聞」のほうも、天狗に連れ去られたという少年の話を真に受けて、天狗の実在を信じていた。いいのか篤胤、そんなことで。
そういえば、身近に似たような人がいた気がする。怪獣や野人の発見者に真面目にインタビューして調査してる人が。たしか最近会ったような、カヌーに乗って一緒に那珂川を下ったような......。しかし、彼は篤胤ほどやすやすと真に受けないだろう。事の真偽を確かめるためにも、辺境作家高野秀行を平田篤胤の門人に送り込みたい。
四国遍路のタイトルを「だいたい四国八十八ヶ所」に決める。まあ、だいたいだ。
新宿にてクロワッサンの著者インタビューを受ける。
『なみのひとなみのいとなみ』は、何の反響もなかろうと思っていたら、あちこちで取り上げてもらえて、予想外。
ちなみに、読んだ友人知人からよく訊かれるのは、脇腹の痛みはその後どうなったんだ、ということで、気にかけていただいて大変恐縮である。そりゃあ、あんなふうに書かれたら気になるわい、と半ばお叱りを受けたりもするので、この場を借りて、その後自然に治ったことをお知らせしておきたい。本を読んでいない人にはわからない話かと思うが、少し詳しく書くと、私の肋膜に癒着が起こっていて、それが時々引きつれて痛むのらしい。筋肉痛みたいなものだから、ほうっておけば治るわけだけど、謎の病気ではないか、なんて心配しすぎてかえって痛みが長引いたという最終結論であった。そうやってわかってしまえば、何のことはないのであって、そそくさと治ってしまった。
私は昔から自分の健康状態にとても神経質で、飛行機と健康診断が、人生における"怖いものベスト2"である。おかげで、何かしら体の調子が悪いと言っては医者にさんざ調べさせたあげく、何の異常もありませんと言われることがよくある。まさに今現在もそういう状況で、足が熱い。これは末梢神経に問題があるにちがいないとかいって、心電図とかMRIとか撮られてやっぱり異常なかった。最近はだんだんわかってきて、それはもう気持ちの問題というか、心因性に違いないと先読みして、こないだ心療内科にも行ってみたけれども、心療内科にさえ、とくに異常ないと言われたのである。つまるところ"めっちゃビビリ"というだけなのだった。くあああ。まったくもって情けない。弱っちいにもほどがあるが、そうなると目下依然として足が熱いのは、では、どうすればいいか。
ところで、そうこうしているうちに早明浦ダムの水位が46.1%になっている。一見、危機を脱したようだが、そうではなく、今年はろくに台風が来なかった影響で、冬以降に渇水のおそれがあり、今のうちに黙々と貯めているのらしい。この分だと来年の春あたり、手に汗握る渇水デスマッチが展開されることになるのか。
最近、実にしょぼくれた気分だ。
最近というより、ここ数年といったほうがよくて、先日も石仏を見て、しみじみと和んでいた。石を拾いながら放浪したいとか、そういうセリフが口をついて出てくるところなど、まったくしょぼしょぼである。
どうしてこういうことになったのか思いめぐらすに、ずっと昔に読んだ、つげ義春の『貧困旅行記』(新潮文庫)が実にしょぼくて面白かったがために、自分もいつかこういう本を書きたいと心に刻み、その影響が長く尾を引いて、しょぼい方面へしょぼい方面へと地滑りを起こしていると推察される。
『貧困旅行記』は、著者本人はいたって真面目なのだが、内容があまりにしょぼいために、その真面目ささえもが傍目にはかえって笑え、これぞ最強の笑いだといたく感動したのである。このぐらいしょぼくなれば絶対に笑えると思いつつも、自分のなかで、そうやって笑いをとろうと思っているうちはまだまだで、真のしょぼさを身に着けてこそ、『貧困旅行記』の高みへ飛翔できるのだと思いつめ、笑わせるのではなくしょぼくなるべし、と半ば禅に取り組むような気持ちで、下へ下へと沈降してきたのだった。
それが昨日、須田郡司『日本石巡礼』(日本経済新聞出版社)という本を買ってきて、夜更けのベッドで石のよさをしみじみ味わっていたとき、突然はっと我に返り、お、いつの間に私はこんな人間になっていたのか、と愕然とした。生命維持本能が目覚め、危ない危ない、そっちへ行くんじゃない! 石はまだ早い、何やってるんだオレは、という心の叫びが、湧き上がってきたのである。うっかり、齢70ぐらいの境地に踏み込んでいたのではないか。
ここ数年『貧困旅行記』の魔力にとりつかれ、すっかり我を失っていた。こんなことではだめだ。これからは心を入れ替え、たまには渋谷とか表参道とかへ出かけて、若いエキスを胸いっぱい吸いこみ、失われた躍動感を取り戻そう。
しかし、若いエキスとか言ってる時点ですでに死んでる気もするな。
しょぼいネタと絶縁する。
妻にそう宣言すると、「ネタじゃなくて、書き方でしょう」と言われる。石が悪いわけではなくて、それをしょぼく書こうとするのが悪い、というわけだ。その通り。
「あなたが書けない書けないと言ってるのは、しょぼく書こうとか、地味な笑いを目指そうとか、そんなこと考えてるからじゃないの? でも実際はあなたハッピーなんだよ。ハッピーなときは、ハッピーなものを書けばいいのに」
私がハッピー?
解せぬ。
原稿は捗らず、生活は家賃を払うのにきゅうきゅう言ってるうえに、体は謎の症状に冒され、この先どうなるかさっぱり見えないではないか。
「そうかなあ。書きたいもの書いたし、やりたいことやったし、家族もみな健康で、ハッピーじゃん」
「......」
「それなのに、暗いテーマのファンタジー書こうとしたって書けないわよ。もっと、陽の当たるテーブルで書けるようなものを書くべきでしょう」
「それってお笑いエッセイのことか? 無理に明るく書こうとするのは疲れるんだよ」
「それは笑いにこだわるからでしょ。ふつうにハッピーな感じに書けばいいじゃん」
「んんん、まあ、そうなあ、でもふつうにハッピーって言われてもなあ......」
「あなたのアホさをそのまま書けばいいのよ」
「アホって......。残念ながら、オレはアホじゃないんだよ。アホなふりしてるだけで、真のアホになりきれないんだ」
「そんなことない。ちゃんとアホよ」
「ちがうわ!」
「イラストを見ればわかる」
「イラスト?」
「あなたのイラスト、アホでハッピーだもん。小説もあんなふうに書けばいいのよ」