|
代官山はおしゃれな人の多い街だ。渋谷から東急東横線で一駅で、各駅停車しか止まらない。アクセスがいまいち不便なぶん、おしゃれを大切にしている人しかこの街には来ない。
ブックス代官山は代官山駅の真ん前にある。もともとは代官山文鳥堂書店Page1という名前だった。初代の店長が文鳥堂四谷店にいた木戸幹夫さんで、いわば暖簾分けのようにして始まったのが今から約20年前。そして2代目の店長、田畑あや子さんが来たのは10年ほど前のことである。数年前に店名を変更した。なお、「約」とか「ほど」とか「数年」と曖昧なのは、田畑さんがほとんど覚えていないからである。
田畑さんの経歴はなかなか華麗だ。ただし、書店員として。紀伊國屋書店新宿本店を皮切りに、西武百貨店書籍部(のちのリブロ)、ストアデイズ(アールヴィヴァンの六本木店)、そしてブックス代官山。書店歴30余年。
「ブックス代官山って、街の本屋としてはちょっと変だよね」と言うと、田畑さんはちょっとムッとして「そんなことないよ。うちは普通の街の本屋です」と答える。私の言葉づかいがぞんざいなのは、田畑さんがかつての同僚だからだ。
各駅停車しか止まらない小さな私鉄駅前の、たった14坪の本屋にしては、ブックス代官山の品ぞろえはじゅうぶん変わっている。店内をぱっと見回すと雑誌が多いのは、いかにも街の本屋。しかし平積みされている雑誌のタイトルが、たとえば郊外の駅前商店街の14坪の本屋とは明らかに違う。ファッション誌が圧倒的に多い。それも、少ない数の洋服をいかに着回すかなんていう節約系特集のある雑誌よりも、「ヴォーグ・ニッポン」とか「エル・ジャポン」とか「フィガロ・ジャポン」とかの、つまり海外高級ブランドの広告がどーんと入った高級ファッション誌が多い。男性誌も「ペン」とか「ブルータス」とか。
商店街の小さな本屋には必ずあるエロ雑誌がない。私が連載している「S&Mスナイパー」も「クリーム」も「マンガ実話ナックルズ」もない。
 |
| 棚の一角を埋める建築書 |
 |
| カウンターの奥にはこんな本が…。 |
そして書籍。アート、デザイン、建築関係の本が多い。文庫も流行小説というより、いわゆる本好きが喜びそうな読み物が多い。そう、全体に本好きの匂いがする。
「私はストアデイズにいたころ、もう普通の本屋に戻りたい、と思ってここへ来たんだから」と田畑さんは話す。ストアデイズは六本木WAVEの4階にあって、現代音楽やニューウェイブのCDと、映画・音楽・現代芸術などの書籍と雑誌を扱っていた。
でも、普通の14坪の駅前の本屋には、レム・コールハース関連本はないだろう。コールハースというのはオランダ人の現代建築家である。
「(笑)それはまあ、うちの特徴ではあると思うけど。でもあれはね、私もよく分らないから、池袋のジュンク堂に行って、田口(久美子)さんに建築書担当の子を紹介してもらったのよ。アルバイトだっていうんだけど、むちゃくちゃ詳しくて。やっぱりジュンク堂はすごいね」
田口さんは田畑さんのリブロ時代の同僚で、田口さんはいまでも田畑さんを「あやちゃん、あやちゃん」と妹みたいに扱う。そういえばそもそもブックス代官山は、このビルのオーナーが「1階で書店をやりたいんだけど」と田口さんに相談したところから始まった。田口さんが自宅の近所の文鳥堂四谷店にいた木戸さんを紹介し、木戸さんがやめるとちょうど転職を考えていた田畑さんを紹介したのである。
建築書だけでなく、他の書籍も、ジュンク堂で教えてもらったり、ときには新刊ももらってくる。取引している取次がどちらも大阪屋なので、田畑さんが池袋にいって「これとこれとこれが欲しい」というと、ジュンク堂はそれを大阪屋に返品し、大阪屋はそのままブックス代官山に納品する。そうでもしないと、街の小さな本屋には売れ筋の新刊なんて入ってきやしない。ただし、ジュンク堂も品薄な本は「1冊だけよ」なんていう。
「ベストセラーは注文しても注文しても入らない。20冊注文して、やっと1冊とかね。そういう事情もあって、こういう棚になっているの」
もっとも、ブックス代官山はいつもギリギリの人数で動かしているので、ジュンク堂まで仕入れに行く時間がない。「もっと活用したいんだけど」と田畑さんはいう。
 |
まるでレストランのメニュー。
その日発売の雑誌がひと目でわかるボードが、入り口に立てかけられている。 |
この10年で、代官山はずいぶん変わった。まずは隣町の恵比寿がにぎやかになり、駅ビルに有隣堂ができた。ブックス代官山の売上はずいぶん落ちた。 「恵比寿に住んでいるけど、わざわざ駅は代官山を使って、うちに寄ってから帰るという人が意外と多かったのね。それまで恵比寿には本屋がなかったから。それが有隣堂ができて、恵比寿駅を使う人が増えたみたい」
古い同潤会アパートが取り壊され、高層ビルが建てられた。同潤会にはお年寄だけでなく、小さな子供のいる若い夫婦なんかも住んでいた。
 |
| 代官山もある一面では普通の住宅地なのだ。 |
「「りぼん」とか「ちゃお」とか、むちゃくちゃな部数を売ってたのよ。ストアデイズとあまりの違いにびっくりしたのを覚えている」
代官山は美容院や洋服店、デザイン事務所などが多い。顧客の中心はそうした法人で、ファッション誌などの配達も多かった。ところが長期不況で真っ先に削られるのは、書籍・雑誌だ。そういえば、何か月も前のボロボロの雑誌を置いてある美容院がけっこうある。
「美容院やデザイン事務所のお客さんが多いのは今も同じ。ただ、全体が小さくなったから。「りぼん」も「ちゃお」も相変わらず売っているし。「将棋世界」を定期購読しているおじいちゃんもいるし。なぜか発売日の前日に、「入ったか?」って必ず聞きに来るんだけどね」
ブックス代官山は5年ぐらい前に大リニューアルし、売場が狭くなった。18坪から14坪になった。主に削ったのは書籍。そしてコミックスである。紀伊國屋書店、リブロ、ストアデイズと、田畑さんはずっと書籍中心の書店で働いてきた。ここで書籍を削るのは辛かっただろう、と勝手に感傷的に考えると「うーん、そんな辛いという感じではなかったよね」と田畑さんはあっさり言う。
 |
| 店長の田畑さんは今でも気になる書店さんがあると直接話しを聞きに行くという。 |
「それよりもこの店をなんとか存続させないといかんわけだから。売上からすると圧倒的に雑誌の方が重要で、何を削るかといったら書籍しかない。べつに増やしたければ今からだって増やせるんだし。コミックは供給源だった神田村の小取次が、再開発で廃業するというのでやめちゃった」
場所柄、観光客もすごく多い。しかし、観光客は滅多に本を買わない。入口近くにはガイドブックや地図があって、いつも観光客が立ち読みしている。立読み禁止にしたり、店の奥に置いたりはしないのだろうか。
「それはしないよ。だって、本屋は立読みされてナンボじゃない。特にうちは雑誌が多いわけだから。できるだけ観光客向けの本も取りそろえて、なんとか立読みから購買につなげようと思っているんですけど……」
本屋は立読みされてナンボ、か。いい言葉を聞いた。
|