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西荻窪は東京23区の西の端。隣はもう武蔵野市だ。
JR西荻窪駅北口から東京女子大に向かう通りを5分ほど歩くと今野書店がある。1階が雑誌と一般書・新書、地下が文庫・コミック・児童書・学習参考書の売場になっている。コピーサービスもあって、白黒はなんと1枚5円!
入口からすぐの新刊台には、目ぼしい新刊のほとんどが並んでいる。発売されたばかりの私の新刊も、初版部数が少ないにもかかわらず入っていて、嬉しかったと同時にちょっと驚いた。少部数の本がこの規模の書店に配本されるのは珍しいから。雑誌コーナーには「群像」や「新潮」など、発行部数の少ない文芸誌もある。これも異例だ。 中央線沿線や吉祥寺のガイドブックを集めたコーナーや、震災・防災関連書の本を集めたコーナー、大人の脳を鍛える本コーナーなどがある。「今週のベスト5」が展示してあって、1位は村上春樹『東京奇譚集』だ。
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| ミニフェアは今野さん自身がテーマも本もセレクトしているという。 |
棚を眺めると、キャッチーなタイトルの本を面陳(=表紙を見せて陳列すること)して、その本の左右に関連した本を並べている。本のデザインを活かしたうまいやりかただ。選書・叢書などのシリーズものでも、各ジャンルに溶かし込んで並べられている。文庫の棚は出版社別レーベル別ではなくて著者名の五十音順。
店主の今野英治さんは、子供のころからお父さん(清さん)に「大きくなったら本屋を継ぐんだよ」と言われて育った。自分自身でも、将来は本屋になると思っていた。理工系の勉強が好きで、大学も工学部に進んだけれども、卒業したら本屋になると決めていた。後継者不足で廃業する本屋も多いなか、まるで奇跡のような話だ。そうそう、店の規模のわりに、数学系の読み物などが充実しているのは、今野さんが理工系出身だからかもしれない。本屋は文系出身が多い。
今野書店の創業は1967(昭和42)年。創業の地は西荻窪ではなくて東上野だった。実業家だったお祖父さんが買った土地があり、紆余曲折の末、清さんが本屋を始めた。今野さんは1961年生まれだから、当時は小学校にあがるころだ。小学校6年生の冬(1973年)、東上野から現在地に移ってきた。
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| お店だけでなく、教科書販売に外商、そして商店街の集まりと多忙を極める。 |
「上野に比べるとずいぶん田舎だなと思いました。駅からもちょっと離れているし、こんなところで商売になるのかと、子供ながらに心配しましたね」と今野さんは振り返る。
当時の店舗は売場20坪のワンフロア。当時としてはけっして小さくない。ところが今野書店ができて3年ほどしてから、駅のそばにブックセラーズ西荻が80坪で出店。今野書店は売上が3割以上も落ちて、いつ潰れるか分らないと思うほどだった。しかし、清さんはなんとか乗りきり、少しずつ売上をのばしていった。
大学卒業後、今野さんは紀伊國屋書店に就職する。当時、全国の書店の跡継ぎを、いわば行儀見習いのようにして受け入れていた。隣町、吉祥寺の東急百貨店内の店舗に配属された。
「同じ書店でもずいぶん違う。まず学習参考書の担当になったんですが、教科書ガイドなんて補充しても補充してもすぐ売り切れる。レジのまわりは長蛇の列になっている。特に4月の第2第3日曜日の売場はすさまじいものでした」
学習参考書の他に雑誌も担当し、秋になると実用書に配置替え。2年目は仕入れを担当した。年季が明けて今野書店に戻るかと思いきや、こんどは同じく書店後継者を育成する須原屋(浦和市)の研修所に入った。
「須原屋さんにも2年いるつもりだったんですが、父が椎間板ヘルニアで入院したので、1年あまりで戻りました」
店をまかされてみると、紀伊國屋や須原屋との違いに愕然とする。特に、欲しい新刊が配本されないのにはまいった。そこで、神田村(=神保町の小取次街)に通って現金仕入れ。コミックや新刊を確保した。
「その日の新聞に広告が出ていた本が店にあるかどうかがお客さんの関心事です。現金で仕入れて並べれば、お客さんは安心してくれる」
努力の甲斐あって、売上はどんどん伸びていった。20坪の売場ではこれが限界だろうと思われるくらいまで伸びた。
店舗を建て替えたのは1989年。敷地は35坪あるから、20坪の店舗ではもったいない。売場を広げてもっと売上を伸ばそうと考えた。着工は1988年。竣工までの1年間は、女子大通りの先の仮店舗で営業を続けた。
唯一誤算だったのは、工事中にバブルになったこと。材料費は高騰し、職人不足で工期も遅れた。設計変更が重なって工費も膨れた。結果、借入金の返済計画が大きく狂った。
この10年で西荻窪はずいぶん変わった。まずアンティークブームがあり、あちこちに小さなアンティークショップができた。続いて古本屋ブーム。若い店主が自分の好みを重視した品ぞろえをするニューウェーブ系の古本屋が次々と開店した。いまでは西荻窪は古本の街である。
「きっかけは何でしょうね。たまたま西荻に古本屋を出してみたらよく売れた、なんていう情報が広まって、集まってきたのかもしれない」
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| 近所の本屋さんにこれだけ新刊があったら、その町の人はとても幸せなのではないか。 |
古本屋というのは、なかなか手ごわい競争相手だと今野さんは笑う。客を奪われるというよりも、いい品ぞろえの古本屋に通う客は本を見る目が肥えているからだ。それにもともと西荻窪は、編集者やライター、マンガ家などが多く住む街だ。小説家も多い。レジ前に『校正記号の使い方』なんて本があるのは、こういう街だから。
「でも、主要な客層はサラリーマンやOLで、おじいちゃん・おばあちゃんから小学生まで、誰が来ても満足してもらえる店にしたい。じつはね、西荻窪でうちだけが唯一まっとうな本屋だと思っているんですよ(笑)」
たしかに西荻窪は個性的な書店が多い。人文系やサブカル系に定評ある信愛書店。岩波書店やみすず書房など人文系の書籍を置くブックセラー西荻。コミックに力を入れるオオトリ。専門書こそないけれども、全ジャンルを置いて、新刊もきっちりそろえる小さな総合書店は、今野書店だけかもしれない。
「それが基本。冒険はしないで、すべてをまんべんなくそろえる。その上で、足りないながらも人文書や思想書を置いて、出版関係のお客さんにも満足してもらおうとしています」
なるほど! 今野書店の非個性的個性というのがよくわかった。
近隣の中学・高校の教科書も扱っていて、シーズンになると今野さんはまったく店頭に出られないほど忙しくなる。スタッフと一緒に教科書をクルマに積んで学校を回る。
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